chapter2 ~Siren 魅惑の歌声~
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キリトはマンションから住宅街へと伸びている表通りを西に向かって居た。
途中、プードルを連れ散歩している初老の女性とすれ違った。こげ茶色の綿を丸めたようなプードルはキリトの顔を見上げ、舌を出して尻尾を振っていた。
「こんにちは、今日は暖かくて良い天気よね」
初老の女性に声を掛けられたが、見知らぬ顔だった。キリトは一言だけ挨拶を交わすと公園へと足を速めた。
公園の入り口に近づくと、大きく手を振るケイの姿が見えた。
公園へ入ったすぐのところに、直径5mほどの円錐状に石をくみ上げたプールがあり、中央から伸びているケーキスタンドを二段重ねたような創りのポンプから放射線を描くように水が流れ落ちていた。
その噴水を囲むように3つベンチがあり、その一つに座るようにケイに促され、キリトがベンチへと座るのを確認してケイも20㎝間を開けて座った。
ケイは珍しいものでも見るかのように、キリトの頭から足まで視線を流す。
そんなケイの行動にキリトは少し怪訝そうに言った。
「何?いきなりどうしたの?」
「いや…なんでもない、いつものキリト君で良かった。」
「ケイ、一体なに言ってんの?」
戸惑うキリトに視線を泳がせるケイだったが、すぐにキリトを直視して話を始める。
「どうしてもキリトくんに伝えておきたい事があって…」
「うん、伝えたいことって何?」
「この前、学校のトイレで平戸に絡まれた時、キリトくんを一人にして逃げ出してしまった…」
「ああ、そのことならもういいよ、仕方ないよ誰だって怖いからね」
「本当にごめん…」
キリトは純朴なケイの姿を見ると、全ての蟠っていた負の感情が何処かへ消え溶けていく。
「でも、ただ逃げただけじゃないんだ、あの後AIに相談したんだ…ミューズって言うんだけど」
ケイが自分のAIアシスタントの話をするのは始めてだったのだが、リリスというAIを勧めてきたぐらいなので特に不思議では無かった。
それでも、今までその事に一切触れなかったのは何故なのかと言う疑問が湧いた。
「ミューズ? ケイのAIアシスタントなの?」
「うん...」
少しばつが悪そうに目をそらしたが、もう一度キリトの目を見て話し出した。
「キリトくんに教えてあげたAIについての情報もミューズが教えてくれたんだ、ほかにも凄い事が色々とできる…」
ケイはこれ以上は喋ってはいけないと言うように言葉を詰まられせた。
何か人には言えない事でもあるのだろうかとキリトは訝しんだが、個人的な事情と言うものもあるのだろうと自分を納得させた。
「それで、キリトくんを平戸から助けて欲しいとお願いしたんだ… そしたらミューズがネットに入り込んで平戸の家庭の事情を調べて、平戸が荒れていた原因は母親にある事がわかったんだ」
「平戸が粗暴な振る舞いをするのは、家庭に問題があるって事?」
「うん… 平戸のお母さんの男関係が良くないらしくて、ネットの出会い系サイトをしょっちゅう見てたらしいんだ… 平戸の事はほおっておいて…」
「そうなんだ… だから携帯電話に執着してるケイを見て腹が立ったって事か」
「え?ボクそんなに携帯電話に執着してるかな?」
「うん、傍から見てるとね、でもケイの事情もわかったから、ケイの携帯電話には秘密が多いって事が」
「ミューズがね… 」
「で、平戸はその後どうなったの?」
「うん、母親の男友達の一人が暴力を振るってたみたいで、DVって奴かな... ミューズが母親になりすまして、平戸に助けて欲しいって電話をかけて来たみたい。」
「平戸が慌てて出てったのは、そう言う事だったんだ…」
「DV男を叩きのめしたんだって、平戸のお母さんは入院してるみたいだから、平戸は学校に出てくると思うよ」
キリトは平戸が自分に対して言い掛かりをつけ、暴力を振るおうとした事に対して、深層に秘められた事情を理解する事で全て納得した。
それよりも、AIの能力の凄さの方がキリトの関心を奪っていた。