* この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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chapter2 ~Siren 魅惑の歌声~
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トオルの務めている研究所は国立大学に付属している研究機関で、政府や企業から依頼を受け最先端技術の研究開発に取り組んでいる。

主に研究を行っている『医療分野に置けるAI技術の活用』というテーマでは、国外からも注目を集めるほど優れており、この数年で急速に進化したAI市場に大きく貢献した。

 

研究所の建物は国立大学のキャンパス内に建てられており、自然豊かキャンパスライフと言う売り文句の通り、小高い木々が鬱蒼と茂る庭園に飾られたモニュメントのように存在していた。

地表に出ている部分は、建築面積で約9,000平方メートルほどの3階建てで、庭園が窓から見渡せる向きで建てられている。

地表から200m掘り下げられた地下にラボラトリーがあり、機密性の高い研究案件はそこで開発実験が行われている。

 

地下会議室で数名の男達を前にして、トオルが説明をしていた。

 

「WHOの要請を受け開発を行っている『スイソウノ脳≒』のシステムについてですが、全世界に約30か所程存在するオベリスクをアンテナとした情報ネットワークで相互リンクしており、世界各国のネットワークから吸い上げた情報を元にデータ統合を行い、仮想現実空間を構築しています。」

 

一人の外国人男性が口をはさむ。

 

「Haben Sie eine Minute? (ちょっと良いかね?)」

 

ほんの僅かの間をおいて、流暢な日本語で言った。

 

「我々のオベリスクと衛星ネットワークを使用する権限は与えたが、そちらのシステムのセキュリティーは信頼が置けるのかね?」

 

痩身で白髪が混じった髪を頭頂部で綺麗に分け、上唇を少し覆うように口髭を蓄えているこの男性は、ドイツから派遣されたWHOの職員で、『スイソウノ脳≒』のシステム開発を依頼してきたクライアントの代表を務めているヨハネ・シュミレットだ。

現段階の進捗状況と、昨日起きた事の説明を受けるためにこの席に座り、トオルの表情を窺うように視線を向ける。

その深い海の色に似た青い瞳は、全てを見透かしているかのようだった。

 

トオルは軽く頷くと、説明を続けた。

 

「『スイソウノ脳≒』はSHIPと呼ばれる形式のソフトウェアで、プログラム本体はネットワーク上を常に移動し続け存在しています。システムにハッキングする為には、まずその場所を特定しなければなりません」

 

「SHIP? 船か… 転覆しなければ良いがね」

 

トオルは皮肉交じりの言葉に軽く笑顔を返し、説明を続ける。

 

「仮に場所を特定できたとしても、常に移動するSHIPに併走しながらセキュリティを破り進入する必要があり、まず不可能ではないかと思われますが…」

 

「aber(けれども)昨日、進入を許した」

 

「その件については目下調査中です」

 

「侵入者の目的は何だと考えている?」

 

「私の推測では、『スイソウノ脳≒』内部から現実世界へのハッキングではないかと考えていますが…」

 

「侵入には困難極まるが、一旦入ってしまえばそこから世界中の何処へでも容易に侵入することができると言うことだな?」

 

「はい… 膨大なトラフィック通信が行われている『スイソウノ脳≒』内部からの侵入は安易であると考えられます。しかし、この脆弱性をカバーするために、co-aiと呼ばれる協働人工知能が特殊なプロトコルの管理行っており、人間が直接操作する事は現状では不可能かと…」

 

トオルの説明が途切れ、会議室重い空気に包まれかけた時、扉を開くためのエアーアクチュエーターの乾いた空気を吐き出す音と共に扉が開き、若い女性研究員が軽く頭を下げトオルの元へ歩いてきた。

女性研究員はトオルの耳元で何かを囁くと、トオルにタブレット端末を渡した。

トオルはタブレット端末の画面を見つめていたが、視線を女性職員に移して軽くうなずくと、WHOの職員と同席の研究員達に説明をし始めた。


 

「『スイソウノ脳≒』に残された痕跡からデータカービングを行った結果、未確認のAIの存在が浮上してきました」

 

ヨハネが困惑した表情で問いかける。

 

「AI?どういう事だ? AIが『スイソウノ脳≒』にハッキングを仕掛けて来たという事なのか?」

 

会議室の入り口に近い位置に座っていた研究員達が、お互いの顔を見合わせ小声で何かを喋っていた。トオルは渡されたタブレット端末に目を落とし、表示されている情報について報告を続ける。

 

「侵入したAIのアルゴリズムから特定した結果『Plaga ab agente(

神罰の代行者)』が関わっているのではないかと推測されます…」


 

研究員達に緊張が走り、ざわめきが会議室を包みこむ。

トオルも例外ではなかった、事前に報告は受けていたがその時点では『正体不明の侵入者』としか聞かされていなかった。


 

「Was(何っ)!? 『神罰の代行者』だと!?」

 

ヨハネの低く通る声が会議室に響くのも無理はなかった。

『Plaga ab agente(神罰の代行者)』はテンプル騎士団の名残として存在していたが、その存在は全く明らかにされていなかったからである。

 

11世紀に起源をもつ三大騎士修道会として『テンプル騎士団』、『ドイツ騎士団』、『聖ヨハネ騎士団』が存在していたが、今世紀までは『ドイツ騎士団』は消滅し、『テンプル騎士団』は名を変え、『聖ヨハネ騎士団』も『The knights of MORNINGSTAR (黎明の騎士団)』として存続していた。

ヨハネ・シュミレットはその最期の騎士団の名を受け継いでいたのだ。