* この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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chapter1 ~ Distorted 歪 ~
page 03

帰り道の途中にあるファストフード店でチーズバーガーとクラムチャウダーのセットを注文した。

店内の外の景色が良く見える席に座り、携帯電話をポケットから取り出してAIホームと言うアプリを立ち上げる。そして、帰宅してすぐに入浴出来るように操作しておいた。

IOTと呼ばれるシステムにより、各家庭の家電や電子機器が全てオンラインでリンクしており、ユーザーの好きなタイミングに合わせて全てが事前に準備される、電子家政婦と言ったところだ。

ファストフードの食事はあっという間に済ませることが出来る、キリトは20分も掛けず食べ終えると店を出た。

この手軽さが今のキリトには丁度良いと思っていた。食事に時間を掛けるぐらいなら、するべき事は他にたくさんある。

 

帰宅するとそのまま自室に向かい、制服を部屋に備え付けられているクローゼットに吊るし、すぐに浴室へ向かった。

キリトは口元まで浴槽に沈み、初めて体験したVRの感覚を反芻し、その余韻に浸るために全ての感覚器官を脳に集中させる。

もう一度、VRの世界の中に入りたい…

目をつぶり、脳内に広がるVRの映像に浸って居ると、玄関の方から扉が閉まり、鍵をかける音が聞こえた。

そろそろ父親が帰ってきてもおかしくはない時間だった。

 

キリトと父親は都心から然程遠くない郊外に二人で暮らしている。

近代ヨーロッパを連想させる建築様式のマンションは、父親もキリトも気に入っていた。
母親は、キリトが13歳の誕生日を迎える前日の夜に、患っていた癌の病状が悪化し帰らぬ人となった。この世に別れを告げるには早すぎる歳だった。
キリトは、が居なくなってしまったのは父親のせいだと思い、反抗期とも重なり父との関係性も冷え切っていた。氷河期により絶滅した旧世代の生物たちのように、父との良い思い出も深い氷の中に閉じ込められた。

全て父親が悪い訳じゃない、誰かのせいにしないとキリト自身が落ち着かなかった。だからそれ以来父親を避けるようになっていた。
実際に母親が苦しんでいる間も研究に明け暮れていたのは紛れもない事実で、いくら仕事とはいえ自分の妻を見殺しにしたのも同然だ。
あの時、父親が母親に付き添い病状が悪化する前に気づいていたら母親はまだ生きていたのかもしれないのだ。

 「僕が寝てから帰ってくればいいのに…」

母親が亡くなってからは父親と殆ど会話をしていない、お互い顔を突き合わせて何を喋って良いのか分からない。

そんなキリトにとって、父の帰りが遅いのには都合が良かった。

部屋着に着替え、浴室から自分の部屋に向かおうとした時、リビングの扉が開いた。

 「キリト、ただいま。もう風呂に入ったのか?」

 「うん… おかえり…」

肩にかけてあったタオルで頭を拭きながら顔を逸らす。

気まずそうに笑った父親の表情に居た堪れなくなって小さな声で返事を返した。

 「学校には慣れたか?」

 「まぁね‥ もう寝るから」

トオルがキリトに話をしようとしたが、キリトは逃げるように自分の部屋へ入り、常夜灯だけついている薄暗い明かりの中でベットに横になった。

父親を避ける自分の気持ちに苛立ちを感じ、その気持ちを紛らわすように携帯電話の画面を見るとケイからメッセージが届いていた。

 「ケイが言ってた電子雑誌だ」

アドレスは最新のエレクトロニクス関連の記事にリンクしていた。
現在開発中のVRデバイスに関する内容や、人工知能の技術が先の時代でどのような発展をしてゆくのかという特集記事に、キリトは興奮しながら夢中になって読んでいた。ふと、記事の紹介欄に掲載されていた研究所所長の名前に目が留まる。

 「え!?父さんの名前… これ、父さんの研究所だ…」

トオルが企業に付属する大学の研究機関に務めているのは知っていたが、AIについて研究開発を行っているのを今初めて知ったのだった。
その内容にはAIだけでなく、最新のVR技術として外部デバイスを介さず直接脳に映像を投影する技術や、仮想現実での感覚を実際に体で感じることのできる技術についての記事も書かれていた。

 「凄い…こんな技術ができてるんだ…」

キリトは感動にも似た感覚に体が少し熱くなった。
記事を読み終えると、ケイのメッセージにもう一つアドレスが書かれて居るのに気付く。

 「AIアシスタント、α版?」

どうやら最新式のAIアシスタントのようだがまだ世に出ていない物だった。
なぜケイが開発段階のソフトウエアの入手先を知っているのか気になったが、好奇心に勝てずダウンロードをした。

キリトは胸の高鳴りと興奮が混ざりあい少し緊張したが、AIアシスタントのアプリは何事も無くインストールが進んでゆく。
携帯電話の画面が一旦真っ暗に消え、すぐに起動画面のロゴが表示される。
画面には少女の姿をしたAIアバターが現れ、キリトに話しかけてきた。


 『初めまして、私はAIアシスタントのリリスです』

 「あ、初めまして、リリス…って言うんだ」

 『はい。これからよろしくお願いします、キリトさん』

 「え?僕の名前、なんで知ってるの?」

 『名前だけではなく、キリトさんの事はなんでも知ってます。身長172.6㎝、体重57.2㎏、趣味は読書で好きな作家はJ.D.サリンジャー、好きな食べ物はコンリキェのシーフードソース、好きな女性のタイプは…』

 「わかった、わかったからもういいよ!」

AIとは言え、自分の好みのタイプまで知ってるのは少し怖いなと思った半面、自分が知らない事でも、このリリスというAIに尋ねれば、どんな難解な問題でも全ての答えを導き出して貰えるような気がして期待を膨らませた。

 「リリスは何ができるの?」

 『はい、ゲームとか得意ですよ。特に戦略型のゲームはお任せください』

 「ゲームかぁ、どうせリリスの1人勝ちだろ?」

 『負る時もありますよ、100万分の1の確率で』

 「100万分の1って…」

 『モードを変更すれば確率を変えることが可能です、キリトさんの場合はベリーイージーモードが良いかな、キッズ向けです。』

 「リリス、なかなか言ってくれるね!」

 

AIの冗談に呆れつつも、どこか人間味を感じられるリリスと会話をするうちに、父親にぶつけた感情で強張っていた表情が、いつしか和らいでいる事に気付いた。