chapter2 ~Siren 魅惑の歌声~
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ミルクの入ったグラスをテーブルに置き、フレンチトーストの前の椅子に座った。一口かじって空いている方の手で携帯電話の電源ボタンを押す。

『メンテナンスは無事終了しました』と表示されていた。

 

「リリス!」

 

思わず大きな声で呼びかける。

 

『リリス、version2.0 起動します』

 

携帯電話の外からリリスの声がしたかと思うと、テーブルの向こう側にアバターの姿をしたリリスが現れた。

 

「リリス!?何?どうなってるの!?」

 

キリトは更に大きな声で言うと、驚くキリトの表情を見て得意げに答える。

 

「新しいバージョンの私だよ、最新のAR技術が適用されたの」

 

「最新のAR技術?どういう仕組みなの?」

 

「驚くのも無理はないよね、キリトにインプラントされているマイクロチップは脳波制御機能を持っているタイプだから、視覚野に直接映像を投影しているのよ」

 

「僕の脳に直接投影してる? 僕だけに見えてるって事?」

 

「脳波制御機能を持つマイクロチップをインプラントしている人とは映像共有されて、皆に見えるようになっているの」

 

キリトは母親が癌で亡くなったすぐ後に、遺伝性の癌の発症が無いかモニターするために最新のマイクロチップをインプラントしていた。

キリトのように医療目的で使うマイクロチップの他に、健康管理を目的としたウェアラブル機器としてインプラントする人も増えていたが、マイクロチップの一般化によるその脳波制御システムを悪用した電子ドラッグの乱用が社会問題になっていた。

 

『スイソウノ脳≒』と現実世界との唯一の境界であった、リリスの姿の違いが無くなりVRデバイスを通して見る世界との区別がなくなる。

キリトは”パラドックス”と言う言葉の定義を頭の中で暗礁しながら、リリスの説明に耳を傾けていた。

 

リリスの話の区切りで、気になっていた昨日の出来事にについて尋ねようとした時、携帯電話の着信音が鳴った。

 

リリスはケイから着信が入った事を告げ、AR投影から元の携帯画面表示に戻る。

 

「ケイから?何だろ…」

 

ケイとは昨日の事で、冷たく突き放すような態度を取ってしまった後悔の気持ちと、ケイが取った行動を受け入れることができない気持ちとが、混ざり合わないマーブル模様となってキリトの心を濁らせた。

 

「もしもし、ケイ?」

 

「キリトくん!?大丈夫なの!?」

 

ケイの突然の問いかけに戸惑ったが、昨日の事を言っているのかもしれないと思い、気持ちを持ち上げ返事を返した。

 

「大丈夫って言うほどの事でもないよ、そう言えば何か用事でもあった?」

 

電話の向こうで動揺している姿がハッキリわかるほど、少ししどろもどろになりながら話をする。

 

「うん、キリトくんに頼みたいことがあるんだけど、直接話したいんだ… そうだ!キリトくんのマンションの側に公園があるんだけど知ってる?」

 

「公園? この前散歩してた時に見つけた所かな… マンション出て左に行った所の公園かな?」

 

「そう、そこの公園だよ、今から行くね!」

 

ケイはキリトの返事も聞かずに一方的に喋ると電話を切った。何かどうしても断られたくない頼み事があると言う事が十二分に伝わった。





 

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* この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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