* この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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chapter1 ~ Distorted 歪 ~
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KOMOREBI 木漏れ日 - T-SEN
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スイソウノ脳 ≒ 
 

chapter1 ~Distorted 歪~

重力による時空の歪みは、物質またはエネルギーの場によって定まることを示す。

 

キリトは教室の最後列から一つ前の席に座っていた。

 

今からちょうどひと月前、高校二年の新学期に合わせるようにこの学校へ転校して来てからは、毎朝他の生徒より少し早めに教室に入るのが習慣になっていた。

 

​今朝は、目覚まし時計のアラームが鳴る前に自然に目が覚め、ベッドから起き上がる為の垂直抗力に、エネルギーを消費する必要もなく気分も良かった。

 

こんな朝は外の空気を肺一杯に取り込み、地球上のあらゆる生命と共存している喜びを感じたいと、いつもの時間より少し早かったが家を出た。

キリトの席からは外の様子が良く見える。校舎の南に位置するグラウンドを整備する陸上部の生徒達が、朝の儀式を終えたとばかりに談笑していた。

ゆっくりと流れる時間に、雑然と頭に浮かぶ言葉に思いを巡らせながら、教室の前の黒板を眺めていた。

窓から差し込む優しい日差しが、教室を満たしている冷たい空気を少しづつ温め、芽吹いたばかりの木々の微かに甘い緑の香りが静かにカーテンを揺らしていた。

 

そんな情景の中に溶け込み、独りで物思いに耽る。キリトはそういう時間が大切だと思い、また好きでもあった。

 

以前に通っていた学校では最新の設備が整っており、気温や湿度は一年を通して一定に保たれていたので、教室に居る間は季節を忘れてしまいがちだった。

その教室の前面の壁を覆うように設置された、電子黒板のスクリーンに映し出される文字が、今だに目の前に浮かんでくる。

 

この学校は理事長の方針で、旧世代の設備がそのまま残されていて、黒板も昔のままの物が使われている。

その黒板には、前日の授業で書かれた方程式の数字が消しきれずに、うっすらと残っていた。

 

まるで、この先の未来を計算しているような数秘術のようにも見えた。

 


気が付くと少しづつ生徒が教室に入って来る時間になり、1人の生徒が親しみある笑みを浮かべ挨拶をしてきた。

 「おはよー!キリトくん」

 「あ、おはよう、ケイ」

彼は石井ケイという名のクラスメイトで、キリトが転校して来て間もない頃、何もわからず困っていた時に色々と教えてくれた。それからは良く話すようになり、今ではこのクラスで唯一の友人だ。

背丈は180cmに届くほどの長身で、他の生徒より痩せていたので余計に細長い印象があり、森の中で真っすぐに伸びる木々を連想させた。
彼は、無類のゲーム好きで、朝の挨拶代わりに前日プレイしたゲームの感想を話してくる程だ。
キリトもゲームはするが、たまに気晴らしをする程度で、彼のゲームに対する情熱に最初は抵抗を感じたが、あまりに楽しそうに話す姿に、いつしかキリトもケイのゲームの話を聞くのが楽しみになっていた。

 「キリトくん、この間話してたVRデバイスやっと買ったよ!」

 「ほんと!凄いね。で、どんな感じ?」

 「それがさ、もうゲームの中に入るって言うか、別の世界に入り込んだみたいな感じなんだ!」

ケイが興奮気味して話し出した所に、水を差すように担任の教師が教室に入ってきた。

 「ほら!ホームルーム始めるから、皆席につけ!」

ケイはまだ話したくてたまらないと言った表情のまま自分の席に戻って行った。

形式通りにホームルームが終わると、そのまま担任教師の受け持つ授業に入る。
教師の教科書を読み上げる抑揚のない声に混じって、外のグラウンドで体育の授業に入る前の準備運動をする快活のある掛け声が聴こえていた。

最近の授業ではタブレット端末を使い、教科書の内容や黒板に描かれた説明が生徒の持っている端末に共有されるのだが、この学校では紙のノートへ黒板の内容を生徒自ら書き写す必要があり、その作業に慣れていないキリトは内容をノートに書く作業だけで時間が過ぎていった。

授業の終わりを伝えるチャイムの音が鳴るのと同時に、一気に教室が生徒たちの話声で充満する。喧噪の中、キリトの席へ近づながらケイが話しかけてきた。

「キリトくん、今日一緒に帰らない?さっきの話の続きなんだけど、VRは直接見せたほうが早いかなと思って」

キリトはケイに誘われたのは嬉しかったが、父親と二人で暮らしている事情もあって、いつもの家に帰る時間に帰れないのは少し気が引ける気がした。

 「ごめんケイ、ちょっとだけ待ってもらっていい?」

 「あ、うん、良いよ」


キリトは携帯をポケットから取り出すと、メールの着信を確認する。
父親から1件の通知があり、メッセージの内容を見た。

【すまんなキリト、今日も少し遅くなりそうだから、夕食は何か好きな物を買ってきて済ませておいてくれ】

父親のトオルは大手企業に付属する研究機関に務めており、ソフトウェア開発の仕事をしている事もあってかなり多忙だ。
一緒に夕食の席に着いたのは何時だっただろうか…そんな事を考えながら、小さく溜息をつく。

携帯電話をポケットに仕舞いながらケイに返事をした。


 「今日は大丈夫みたいだから… VRかぁ、実は僕も気になってたんだよね」

 「ほんと!じゃ丁度良かったね、早く行こう!」


ケイのテンションの上がり具合に、キリトも同調するように興味が湧いてきた。今までケイが話すゲームの話はどれも凄く楽しそうだったのだが、今回は今までの比じゃなかった。

父親の影響もあってか、キリト自身もエレクトロニクスの分野は詳しかった。だから余計に気を惹かれたのかもしれない。